2011年10月29日土曜日

箴言3:1−10 私のみ言葉

天使達は、クリスチャンである私達の指令をいつも待っていて動いてくれる。ヘブル1:14
人間である事は凄いの一言である。
天使が仕えてくれ、聖霊様が助けてくださる、決して一人にされない、捨てられる事も無い、高価で尊いものとして神さまの契約の中で生かされているのだから、、、聖書を教えられて、今まで自分の目に覆いがかけられ、耳にふたがされ、サタンにたいして、本気『お前は何者だ〜〜〜!!引き下がれ!』の一言である。
そしてイエス様には感謝だけが残る、、、
下は鈴木さんの毎日,証の日々の便りシェアします。
箴言読んでみてくださいね!
まころん
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お世話になっております。

神様が、旦那の仕事を大いに祝福してくださっていることに感謝です。毎日、オフィスの横の部屋に私がこもり、感謝の祈りをささげ、”イエスキリストの御名によって命ずる、御使いよ、

私とデニスに”xxxxxx”の現金
を、もってこい。”、”神様のおかげでお仕事いただけることに感謝です。””肉はなんのやくにもたたない”

と、祈っています。プラス、箴言3:1ー10の御言葉を添えて。

鈴木より
 

2011年10月17日月曜日

明日に架ける橋/渡り始めたトマト

私が来たのは羊が命を得、それを豊かに持つためです。ーーイエスキリストーー
与えられてる命を受け取れない羊たちがいっぱい居る。
神の国が到来してるのにそこに入る鍵を知らない。
与えられてる鍵があっても使い方を知らない。
そんな魂のために、みんなで架けた橋にトマト渡って来た。

夏のキャンプで実ったスイカと夏が過ぎ去ろうとするのを追いかけて実り始めたトマト。
皆の愛で橋をどんどん架けて行きたいね?
愛は全てを完全に結ぶ帯だから、ほどけたりしない。
イエス様のあがないの血で洗われて神の義とされた魂が、十字架の愛で結ばれて行く橋。

下はトマトから来た便り
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わかりました。スイカには『明日に架ける橋』をとうして色々話していきたいと思います。

明日に架ける橋は確かに私にイエス様を教えてくれます。まだ離れたり近ずいたりの不安定な私を支えてくれます。
サイトを任せる…いつかはそこにたどり着きたいです。

キャンプ計画進んでます!まだ色々あるけどきっと大丈夫ですo(^-^)o

ローマの宿題はイエス様、神様を信じ聖書に書かれてる約束事を守る事がが新しい自分に成れると言うことだと私は感じました。

まさみ先生メールで色々教えてくれてありがとうございます。

2011年10月15日土曜日

Jesus!全てに勝る主の御名


転んでおき上がれないほど打撲した佐和子さん、必死に主イエス様の名を呼んでたそうです。
ハレルヤメール。

マコロン
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牧師先生、まさみ先生、おはようございます。
もう一つの世界。。先週の礼拝で学んだ事、感じた事をメールします。
2~3週間前からどうも私の中でサタンが悪さをしにきているのを感じていました。
健康を揺るがすものや、怪我をしたりの連続でした。どんな時にも聖霊様に守られたと感じたのは
皮むきで指を深く切ってしまって血が30分ほど止まりませんでした、化膿してしまうかも?と覚悟していました。
ところが痛みが全然なくて、完治するまで1週間以上かかりましたけどその間は痛みが全然なかったのは不思議でした。
翌日までかすかに出血があったものの、痛みがないので怪我をしているのさえ忘れていました。聖霊様の力ですね。
次に家の中でドスンと何につまずいたか??なんですけど実は体ごと引っくり返りました。娘ががすごい大きな音がしたとびっくりしていました。
その時は腰と腕に強い痛みがあったので、骨に異常が出たか?内出血でもしてるのではと私的に勝手に考えていました。
しばらく痛みで動けませんでした。指の怪我から今度は腰と腕の内部の怪我?これはかなりの重症かもと思いきや。。
その時は痛みで声が出ませんでしたから、心の中でイエス様の名で懸命にサタンを縛り、起き上がれない自分の姿を想像しながらサタンにやられてる自分が
おかしくて、あの時は床で笑い転げるしかありませんでした。そうこうしている内に10分ほど経過したでしょうか?あの強い痛みが嘘のように私の体から
抜けていくのを感じました。先週の礼拝でパスターが聖霊様はお母さんのような働きをしてくださるとおしゃっていたので今思うと天のお父さんであります神様、イエス様、聖霊様の強い愛情で私を襲ってきた身の危険から何時も守られてる事を改めて知る事が出来ました。アーメン。
指の怪我にしても、腰と腕に内部の異常があったり、痛みがあると家事どころか介護の仕事にも大きな支障が出てしまうところでした。
父なる神様のかけがえのない大きな愛と恵に感謝です。イエス様の御名であなた様をほめたたえます。   ハレルヤ~      
           佐和子
             
 

 

2011年10月11日火曜日

明日に架ける橋

小学生の頃、家の海に「夢の大橋」という橋があった。
その橋が好きで、小学生の頃、図画用紙、えんぴつ、絵の具を自転車に括り付けて日曜日になると一人でよく海に行って夕暮れに成るまで絵を描いて遊んだ。
朝早く起きて海に行く、ポンポン船が沖に出て行くのを見ると何故か帰りには何かを運んで帰って来るような期待があった、、、あれから50年、、、


突然ある女の子がきっかけで降って湧いたように、長い間心の中で眠っては起き、起きては眠っていた橋が架かった。
いままで一度も神さまのところに来たことのない人たちの為の橋。


そこを渡ると闇の世界から光の世界に出る。
長ーい暗闇のトンネルを抜けるとまばゆい光が差し込んで来る,光の世界への橋。
体中にうわーっと命が流れ込んで来るような瞬間がこの橋を渡ると待っててくれる。


この橋は初めはイエス様が御自身を私に下さった橋。


問題を一杯抱えて,動けなくなり、うずくまっていた私をイエス様は背負って歩いてくださた。
自分ではどうすることもできなかった、先が真っ暗で見えなかった、すすむ事も戻ることもできなかった、一人ぽっちで泣いていた。
そんなある日イエス様がわたしに来て、言われた。『来なさい』、、、イエス様の橋を渡った21歳の秋。


幼い頃まってもまっても何も運ばれてこなかった物が、、、

私が道であり真理であり命である。ーーイエスキリストーー


イエス様は神の一人子であられ、神の傍らで宇宙を組みたたられた御方である。
その御方が私の為に道となられた。
そして神の命はそこから流れて私を満たしてくれた。


今、すこーしだけ、イエス様の心を頂いて、イエス様に通じる橋に私もなりたい。
心と心をつなぐ『明日に架ける橋』。


Facebookがあまり好きではなかった私(理由は無い,一度も訪れた事が無かった)。
神さまがそのFacebookを遣って架けようとされてる橋、、、


沖に出て行った舟は必ず沢山の魂を乗せて帰って来る。
どの顔も主の栄光で輝いてるはず。


心と心をつなぐ『明日に架ける橋』。
イエス様が最後の言われた言葉『完了した』この言葉を一人でも多くの魂に伝えたい。


ダヴァールの全員が橋になったら、、、ハレルヤだよね?


そして橋を渡る人を支えて欲しい,一歩一歩彼らの歩調に合わせて一緒に生きて欲しい、愛するってそうゆう事だと思うんだよね?
一緒に生きるって事、言葉だけじゃ足りないよ、力にならないと、支えになれないと、そうだろ?。。。
主が私達を愛されたように,私達も互いに愛し合うべきです。
愛には偽りがあっては成りません。
私は決してあなたを離れず、あなたを捨てない。
ーーイエスキリストーー

2011年9月30日金曜日

secret garden

ダヴァールに来ている子供達に仲間で生きている事を体験してもらいたい。
神さまの目から見たらどの子も同じひとり子イエス様の血の代価が支払われた同じ神のかたち。
2歳〜19歳までの神のかたち達。
年は違っても何かみんなで同じことをしたい、皆で助け合って生きているんだって知って欲しい。
一人だって入らない子はいない、一人だって特別な子はいない。
皆同じイエス様の子供。

この日の事は多分生涯覚えてるひとこまに成ると思う。
パスターを先頭に、淳君、智恵ちゃんと伸び放題に成った草と戦った午後の時間。

「あそこにある庭ずーっと何か使えるって思ってるんだけど、、、」
「あそこの草取ったら何かやれそうな気がするんだけどちょっと何か出来ないかなあ?」とパスターに頼んで、「ちょっと助けてくれないかなあ?」とお願いしてみた。

パスターが時間があるのは月曜の昼間だけだから、朝2人であの庭を見に行った。
子供達の背丈にまで伸びた草で一面に草ぼうぼう。
思ってたより凄いなっ、パスターが「マコと2人じゃ無理だなっ」て、、、
で淳君に電話した「HBS2の準備してたんだけど」といいながら、中断して来てくれることになった。
そのあと智恵ちゃんに電話した。
彼女草取りした事無いって言った、でも「行く」といって来てくれた。

家から芝刈り機、のこぎり、電動式のカッター、ホース、鎌、ほうき、スコップ、木ばさみなどなどパスターはテキパキと次々にプレビアに積み込んで、出発、、、

先についてた智恵ちゃん、淳君と軽く挨拶しすぐに仕事に取りかかった。全員がただ黙々と働いた。
目の中に汗が流れ込んでいたい。

草が伸び放題の庭は蜘蛛が一杯、ありも一杯、猫のネグラだったらしい、、、

途中でパスターが「ちょっと休憩しよう」といって冷たい水を飲んだ。
ゴクゴクと音を立てて水を一気に流し込んだ。
「うま〜い」飲んだらまた汗が噴き出て来た。

再開。

智恵ちゃんも淳君もパスターも真っ黒になった、誇りだらけの笑顔が眩しい。
リベカ、ラケル、ダビデ、モーセ聖書の中の選民達が真っ黒に日焼けして人々を守って来た姿が何故か彼らの働く姿とだぶって見えた。

「いい汗かいた」天国行きの汗だな。

神さまって凄いなっ。
心が一つになった人とは熱い日の草取りでも、こんなに充実した喜びを運んで来るって、今ままでのダヴァールの歴史の中にもこんなひとこまあったよな~って久しぶり嬉しかった。
いい時、いい汗、いい仲間、イエス様の御名によって合された仲間。

ダヴァールのパスターはやっぱりモーセであり、ダヴィでだなって。
いつも人々の先頭に成って働く、パスターが入るから安心がある、喜びがある、何かが起きてる事がわかる。
「主の御手が彼とともにあった」を体験させてもらったひととき。

『あった!』、エデンの園。
伸び放題の草を一束、一束取りのけて行ったら、段違いの花壇が出て来た。
一段目の花壇は木切れが一杯敷いてあった。
下の花壇はゴムでしきりが敷かれていた。
上の花壇には石が敷かれていた。
車庫の前のたたきの道から、石の道が敷かれて真ん中の庭に続いていた。

子供の本『secret garden』を思い出したの午後のひとときであった。
聖霊様がアノ庭を歩かれる、イエス様の名が褒め称えられる場所となるはずである。
ここも契約の土地だから。
今度の土曜日ここで子供クラブがランチを作る。
皆の笑い声が聞こえて来る、2歳から19歳ダヴァールの天使達が神の子イエス様を賛美する声がこの庭にこだまする。
ダヴァールの為に隠されていた庭で、主にある交わり神の国が来る。

まころん

2011年9月14日水曜日

イエス様と散歩



ダヴァールの夏のキャンプが終わった。
皆に「自分で撮った写真だけ使って、自分のキャンプをスライドショーにしてみてくれる?」と頼んだ。


個性的なのがいろいろ出来た。
その中から興味深いのがあるのでシェアしたい。


このなかには,ダヴァールのキャンプは無い(?)
キャンプの合間の、研二が「自分とイエス様だけ」の空間の世界である。


初め来れ見た時は、「何だこれ?」「これじゃあキャンプのスライドとしてシェア出来ないなあ」と思った。
純が「お母さんこのタイトル見てご覧?研二がイエス様と散歩してるんだよ」と教えてくれた、、、
で、見直した、「なるほどね〜」「いいじゃんこれ!」と最後には一番好きなスライドショーになった(?)


このスライドだけが静かで、スローなテンポ。
あとのはみんな「元気!」な『キャンプ!』。(後のはウェブの人たちが使う予定)


研二の方から吹いて来た、神さまの風。
神の国からの便り、シェアします。


まころん

2011年9月13日火曜日

主が造られた私の心:契約の虹:フリッパー





実穂は結婚して何年にも成る。
子供は居なく、夫婦はいつも2人でどこに行くのも一緒、何をするのも一緒だった。

その旦那様、ある日突然に、神さまに召されて天国に帰って行った。

あまりに急な出来事で実穂は自分を制する事が出来ない状態に落ち込んだ。

「なぜ?」この事の答は実穂の周りのどこにも無かった。

誰も答えてくれない、、、
人の言葉が空々しく、何をしても何を聞いても空しさだけがこみ上げて来て、、、心が「空っぽ」になった。

「何の為に生きて行けばいいのか?」最愛の人ですら、一言の言葉も残さず、一瞬で行ってしまった、、、
「なぜ、私だけ取り残されてる?。。。」

旦那様と暮らした全ての思い出の中に、一緒に歩いた人生の全ての場所に旦那様が居た。
空を見ても、花を見ても、風の中にも旦那さんが思い出される。

毎日一人になると涙が溢れる。
誰も拾ってくれない涙がボロボロと溢れて、床に落ちていく。
ポタポタと音を立ててる、なのにその音に誰も気がついてくれない、、、ひとりぽっち。。。

実穂はロスに逃げて来た。
行き場を無くして逃げて来た。

でも、神さま、貴方の恵は計り知れず、貴方の哀れみは朽ちる事がありません。
イエス様は実穂をしっかりと受け止めてくださり、初めはゆっくりとした足取りで、実穂にあわせて、ゆっくりと、ゆっくりと歩かれた。

歩きながら静かに語られた主のこころ。
「私について来なさい。貴方は私の民、私はあなたの神である。私は貴方を決して離れず、貴方を捨てない。」

イエス様と語り始めて10日が過ぎた頃、実穂は心のドアを開けた。

「イエス様、私の心にお迎えします。貴方が私の人生の主であられてください。私は貴方に信頼します。」と告白した。

あれから実穂は自分の全てを主に捧げて生きて来た。
下は実穂から来た、『神の国からの便りである。』



おばさん、
2年ぶりにフリッパーに会ったんだ。
近くに住んでいるのにね。全然会いに行かなかった。
あれからずっとフリッパーは徹の弟君と暮らしてるんだよ。
珍しく弟君から「出かけるから預かって欲しい」って連絡が来て1泊2日で預かることになったの。
彼らの家まで迎えに行った。う~ん、嫌な感じがそのまま的中。
弟君は「まあまあ上がっていきなよ」って言ったけど、5分もいられずにフリッパーを預かってさっさと帰ってきちゃった。
その家は徹と結婚してから住んでた家でね、中もほとんどそのままになってるの。
だからいろんなこと思い出しそうでね、そこにいられないんだ。
「あれ?これって恐れか?」
イエス様に会って元気になったはずだったのにおかしいな。。。って落ち込んだよ。。。
でもとにかくフリッパーには会えた。気を取り直してこの2日はヤツに尽くそうって思ったんだ。
「久しぶりだね。ごめんね、会いに行かなくて」って言ったら、
(いいよ。全部わかってるから)っていうような顔してあくびしてたー(笑)
ん?ヤツの中にもイエス様がおられるのか?
ヤツは全然変わってなかったよー。神様の愛みたいに。

その日の夜に開いた聖書の箇所にはこう書いてあったんだ。
「死の綱が私を取り巻き、よみの恐怖が私を襲い、私は苦しみと悲しみの中にあった。そのとき、私は主の御名を呼び求めた!『主よ。どうか私のいのちを助け出してください!』 主は情け深く、正しい。まことに、私たちの神はあわれみ深い。主はわきまえのない者を守られる。私がおとしめられたとき、私をお救いになった。私のたましいよ。おまえの全きいこいに戻れ。主はおまえに良くしてくださったからだ。
まことに、あなたは私のたましいを死から、私の目を涙から、私の足をつまずきから、救い出されました。」
(詩篇116:3-8)
ア~~メン。染みたー。
人間って自分が思ってるほど従順じゃないねぇ。。フリッパーは立派に新しい主人に仕えているのにね。
「私は生きるかぎり主を呼び求めよう。」アーメン。
いつでも主の御名を呼び求めれば神様は私を光の中へ連れ出してくださる。ほっとした。

次の日ヤツと散歩してたら、空に虹がかかってたんだよ。「ん~いいね!」
夜、ヤツを送り届けたときに車の中で自分に向かって「イエスの血潮、イエスの血潮」家の前で「イエスの血潮、イエスの血潮」玄関の中で「イエスの血潮、イエスの血潮」ってやってきた。らんじゃさんの証読んでたから(笑)それ思い出してとにかくやってみた。次に行った時は部屋の中もやってくるよ。今は弟君とフリッパーが暮らす家だからね。主は彼らにも目を留めていてくださるよね。
うん。神様のまったき愛の中に生かされてるって改めて知ることができた2日間だったよ。ハレルヤだね。
今日の東京の空はきれいな青空!イエス様の血で洗われた私の心とおんなじだー。
写真見てー。

実穂